大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1280号 判決 1986年12月01日

昭和五八年(ワ)第一二八〇号事件原告 日本スタッド工業株式会社 (以下単に「原告日本スタッド工業」という。)

右代表者代表取締役 小野正照

昭和五九年(ワ)第一八三一号事件原告 伊藤忠鉄鋼販売株式会社 (以下単に「原告伊藤忠鉄鋼販売」という。)

右代表者代表取締役 森滋男

右原告ら訴訟代理人弁護士 平松耕吉

昭和五八年(ワ)第一二八〇号、及び同五九年(ワ)第一八三一号各事件被告 有限会社大澤商店大澤道具市場(以下単に「被告有限会社大澤商店」という。)

右代表者代表取締役 大澤禎三

昭和五九年(ワ)第一八三一号事件被告 大澤禎三(以下単に「被告大澤」という。)

右被告ら訴訟代理人弁護士 林成凱

主文

一  昭和五八年(ワ)第一二八〇号事件について

原告日本スタッド工業の請求を棄却する。

右事件の訴訟費用は右原告の負担とする。

二  同五九年(ワ)第一八三一号事件について

原告伊藤忠鉄鋼販売の請求をいずれも棄却する。

右事件の訴訟費用は右原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  昭和五八年(ワ)第一二八〇号事件について

1  請求の趣旨

(一) 被告有限会社大澤商店は、原告日本スタッド工業に対し、金二五五万四五九九円及びこれに対する昭和五八年八月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は右被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 主文一項同旨。

(二) 仮執行免脱宣言。

二  昭和五九年(ワ)第一八三一号事件について

1  請求の趣旨

(一) 被告らは、原告伊藤忠鉄鋼販売に対し、各自、金二一一五万九五〇七円及びこれに対する昭和五九年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 主文二項同旨。

(二) 仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  昭和五八年(ワ)第一二八〇号事件について

1  請求原因

(一) 被告有限会社大澤商店の不法行為

(1) 訴外朝日協同企業組合(以下単に「訴外組合」という。)は、昭和二五年、京都市内の染色、友禅、飲食、建設鉄工、家具、その他総合業種にわたる中小企業によって設立された中小企業等協同組合法上の企業組合(法人)である。

そして、訴外組合の参加企業の店舗は、訴外組合の営業所と呼ばれた。

(2) ところで、被告大澤は、訴外組合の組合員、かつ、訴外組合の第八八営業所(その名称は、「朝日協同企業組合大澤道具市場」)の営業所長であって、訴外組合から訴外組合に代わってその営業に関する一切の行為を為す権限を与えられていた。

(3) そこで、被告大澤は、訴外組合を代理して、昭和五七年六月八日までの間に、別紙目録(一)記載の動産(以下「本件動産」という。)を他の所有者から買い受けて、その引渡を受け、訴外組合のために管理していた。そうすると、本件動産は訴外組合の所有に属するものである。

(4) ところが、訴外組合は昭和五七年六月八日に倒産した。

(5) しかるに、被告大澤は、被告有限会社大澤商店を設立して、その代表取締役に就任し、昭和五七年八月三日ころ、自己が管理していた訴外組合所有の本件動産を、訴外組合の所有に属することを知りながら、被告有限会社大澤商店に引渡処分して不法に領得せしめ、その所在を不明にした。

このため、訴外組合は、本件動産の時価相当の約四〇〇〇万円の損害を被った。

(二) 被保全債権

(1) 手形債権

イ 訴外組合は、別紙目録(二)記載の約束手形三通(額面合計三三〇万二一九九円)を振り出した。

ロ 原告日本スタッド工業は、右手形三通を所持している。

(2) 請負代金債権

イ 原告日本スタッド工業は、訴外組合から、関電羽曳野営業所建物及び大阪市営住宅のスタッド熔接工事を、代金はいずれも完成時の時価とする約定で請け負った。

ロ 右関電羽曳野営業所建物の工事は昭和五七年五月一二日に完成したが、その時価は金四万一二八〇円であった。

ハ 右大阪市営住宅の工事は同月二五日に完成したが、その時価は金二一万一一二〇円であった。

(3) そうすると、原告日本スタッド工業は、訴外組合に対し、右(1)及び(2)の各債権の合計金三五五万四五九九円を有するものである。

(三) 保全の必要性

訴外組合は、本件動産以外に、原告日本スタッド工業の右(二)記載の債権を満足させることのできる財産を有していない。

(四) よって、原告日本スタッド工業は、債権者代位権に基づき、訴外組合に代位して、被告有限会社大澤商店に対し、前記(一)の(5)の不法行為による損害金のうち、金二五五万四五九九円及びこれに対する右不法行為ののちの本訴状送達日の翌日の昭和五八年八月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一)(1) 請求原因(一)の(1)の事実は認める。

(2)(イ) 請求原因(一)の(2)、(3)の各事実は否認する。

(ロ) 原告日本スタッド工業は、被告大澤が本件動産を保管していた旨主張するが、本件動産の存在、及びその価額は明らかでない。そして、仮に、本件動産が存在していたとしても、以下に詳述するとおり、本件動産は訴外組合の所有ではなかった。即ち、訴外組合には、染色、友禅、悉皆、洋装、請負木材、飲料、文具各専門業種毎に区分された九部があり、それらの各種業種の一三七加盟店(倒産時)によって構成されていた。換言すれば、全く関連性のない各独立商店が寄り集って訴外組合を構成したものである。従って、訴外組合の事業目的も右各種目に亘っていた。そして、訴外組合の本店を「本部」、加盟各店を「営業所」と称していた。しかし、各加盟店は、実質的にはそれぞれ独立の店舗として一般の商店と何ら変りなく営業をしていた。ただ、経理面を本部で一括して行い、公租公課を本部において一括して処理するため、加盟店は、納税の繁雑さから解放され、また税額が他の独立店舗よりも結果的に割安になるので、それが訴外組合加盟店の最大の目的であった。

従って、営業について加盟店即ち営業所間では何の連絡もなく、まして職種の異る営業所間では尚更であった。例えば、原告らが商取引をしていたのは、訴外組合の営業所である訴外石倉鉄工建設である。石倉鉄工建設の営業目的は、鋼構造物工事請負、土木建築、建築設計施工、鋼材類売買を主とするいわゆる鉄工業所である。一方、訴外組合の加盟店であった被告大澤(大澤商店)は、骨董品、中古道具等すべての古物を取扱う、いわゆる古物商である。しかして、石倉鉄工建設も大澤商店もそれぞれ何ら相互に関連することなく独立にそれぞれの営業を行って来た。いずれの営業所も各自の商取引をなし、各自の仕入、販売、請負等における債権債務関係を決済していた。仕入商品については、右石倉鉄工建設又は大澤商店が、自らの計算において自らの資金をもって支払い、決済していた。従って、大澤商店に存在する商品は、実質大澤商店固有の資産であって、訴外組合の資産ではない。即ち、訴外組合の資産をもって、大澤商店の仕入決済がなされたことはありえない。ただ、既述の如く、税務対策のために経理面を訴外組合本部を通じて行っていたのに過ぎない。

原告らも右事情を熟知している。原告らは、石倉鉄工建設と商取引をしたのであって、訴外組合と取引したとも、まして大澤商店と取引したとも考えていない筈である。ところで、訴外組合は、昭和五七年六月八日、約二五億円の負債を抱えて倒産した。倒産の主たる原因は、専務理事の徳地屋雅之が、独断で或いは代表理事の小西恭次郎と共謀して行った六営業所に対する六億円余りの不良貸付である。倒産の噂が各加盟店に流れはじめた昭和五七年一、二月頃より各加盟店は、訴外組合に見切りを付けて、経理事務も各自で行うようになった。各加盟店は、各自の取引先債権者に対しては、本来ならば訴外組合を通じて支払うべき決済金も直接支払うようになり、倒産までに、既に訴外組合の振出手形が、各加盟店よりそれぞれの取引先に支払いのため交付されている場合(原告らも同様)は、倒産の際、加盟店が、それぞれの取引先より訴外組合の不渡手形を自主的に回収して、即ち訴外組合の不渡手形を加盟店の負担において解決しているのである。

以上の次第であるから、訴外組合の加盟店である各営業所の商品は、各営業所の固有の財産であって訴外組合の財産ではない。そして、被告大澤(大澤商店)においても同様である。そうすると、本件動産は、すべて、訴外組合の所有に属さず、被告大澤の所有に属していたものである。

(3) 請求原因(一)の(4)の事実は認める。

(4) 請求原因(一)の(5)の事実は否認する。

(二) 請求原因(二)、(三)の各事実は知らない。

(三) 請求原因(四)は争う。

3  抗弁

仮に、請求原因事実が全部認められるとしても、

(一) 前記2の(一)の(2)の(ロ)に記載のとおり、訴外組合の各営業所の取引先債権者については、各営業所と独自の取引を行って来たのであるから、その取引より生じた債権については、取引先営業所と解決すべきものである。ところで、原告日本スタッド工業の実際の取引の相手は、訴外組合の営業所の一つである石倉鉄工建設であり、請求原因(二)の債権の実質的な債務者も、訴外組合ではなく、石倉鉄工建設である。そして、被告大澤と石倉鉄工建設とは、取引はもちろん、面識もなく、別々に独立して営業していた。そこで、訴外組合の倒産の際、石倉鉄工建設以外の全営業所は、それぞれの取引先債権者との決済をみずからなしたが、石倉鉄工建設のみは、決済ができなかったのである。

(二) 原告日本スタッド工業は、以上の経緯、事情を知悉していたものであるから、右原告の石倉鉄工建設に対する実質的債権をもって、又はそれを根拠として、被告大澤に対し、本件損害賠償請求をなすことは権利濫用として許されない。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

二  昭和五九年(ワ)第一八三一号事件について

1  請求原因

(一) 被告らの不法行為

前記一の1の(一)の事実があった。

(二) 被保全債権

(1) 訴外組合は、別紙目録(三)記載の約束手形四通(額面合計二一一五万九五〇七円)を振り出した。

(2) 原告伊藤忠鉄鋼販売は、右手形四通を所持している。

(3) そうすると、右原告は、訴外組合に対し右各手形の手形金債権合計二一一五万九五〇七円を有するものである。

(三) 保全の必要性

訴外組合は、本件動産以外に、原告伊藤忠鉄鋼販売の(二)項の債権を満足させることのできる財産を有していない。

(四) よって、原告伊藤忠鉄鋼販売は、債権者代位権に基づき、訴外組合に代位して、被告らに対し、各自、前記(一)の不法行為による損害金のうち、金二一一五万九五〇七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日の昭和五九年九月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)についての認否は、前記一の2の(一)記載のとおりである。

(二) 請求原因(二)のうち、(1)の事実は知らない、(2)の事実は認める。

(三) 請求原因(三)の事実は知らない。

(四) 請求原因(四)は争う。

3  抗弁

前記一の3記載のとおり(但し、「原告日本スタッド工業」とあるを「原告伊藤忠鉄鋼販売」と改める。)である。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一1  原告らは、昭和五七年八月三日ころ、本件動産は訴外組合の所有に属していた旨主張するので、この主張につき検討を加える。

2  訴外組合が昭和二五年、京都市内の染色、友禅、飲食、建設鉄工、家具、その他総合業種にわたる中小企業によって設立された中小企業等協同組合法上の企業組合(法人)であり、その参加企業の店舗は訴外組合の営業所と呼ばれていたことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、被告大澤は、訴外組合の組合員であり、かつ訴外組合の第八八営業所(京都市左京区岩倉大鷺町三四〇所在の大沢道具市場)の営業所長であって、右場所で古物の売買取引を行っていたこと、被告大澤は、右営業において、昭和五六年一二月三一日当時別紙目録(一)記載の(1)の商品等を、その後同目録(一)の(2)、(3)の各動産を保持し、右営業のため使用していたことが認められるところ、《証拠省略》を総合すれば、訴外組合は、各営業所の所長が個人的取引、即ち所長個人の名義で行なう取引をすることを認めず、各営業所の取引はすべて組合名義で行なうことを指導しようと企図していたことが認められ、更に《証拠省略》によれば、被告大澤が訴外組合に提出した仕入伝票には、「第八八営業所大沢禎三」との記載があることが認められる。

3  そこで、以上判示の事実によれば、一応、右各動産は、訴外組合の所有に属するものであると推認し得ないでもない。

4  しかしながら、《証拠省略》を総合すれば、訴外組合の各営業所は、従前に個人で同種営業を行っていた者が経営しているため、営業所独自の判断でその経営にあたり、資金ぐりも委かされていたこと、訴外組合は、中小企業者の一人一人ではやれないことも皆でやればできるという理念で、煩雑な経理、税務手続を訴外組合で行って、そうした負担から右企業者を解放しようと企図して設立され、その運営の主眼をそこにおいて経営されて来たこと、従って、各営業所は、一応独立採算的に仕入、売上げ等を行い、ただ、各収益を訴外組合から給与の形式で受取るが、その額は収益に応じて異なり、赤字の営業所は給与を受け得ないこともあること、各営業所の第三者との取引については必ずしも訴外組合名を表示せず、各営業所独自の名称(屋号等)で取引をし、(取引先からの伝票は営業所へ廻り、訴外組合の本部へ廻らない)その取引につき責任を持ち、各営業所は他の営業所と全く無関係に営業活動を行なっていたこと、そのため各営業所を経営している組合員は、自分の営業所で売った売上げは自分個人の売った売上げ、それによって上げた利益は自分個人の利益だと思っている者が非常に多かったこと(そのため、利益金があるときは、自分の金にしたり、訴外組合の会計から表に現わさず、残高がある範囲は持って返ることができ、これについて規制をされなかった。)、被告大澤は、前記第八八営業所で古物売買等の営業を行っていたが、個人で古物商や古物の市場主許可を得ていて、商品の仕入等は個人名でなして来たこと(《証拠省略》の仕入伝票は、取引の相手方に交付したものではなく、税務や、経理手続をしてもらいたいために訴外組合に提出されたものにすぎない。)が認められ、これら認定事実によれば、被告大澤を含む訴外組合の各営業所はそれぞれ独立の企業体として営業活動を行ない、訴外組合は、右各企業体の経理、税務手続を行なうだけの役割を果しているにすぎず、各営業所を訴外組合の組織の一部門として統制管理するまでには至っていないのではなかろうかとの疑問が大いに持たれるものである。そうすると、前記2に判示の事実によって、本件動産が訴外組合の所有に属していたと推断することは困難である。

5  他に、原告らの前記1の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

二  そうすると、右主張事実を前提とする原告らの被告らに対する各請求は、その余の請求原因事実につき検討を加えるまでもなく理由がない。

三  よって、昭和五八年(ワ)第一二八〇号事件につき、原告日本スタッド工業の請求を棄却し、昭和五九年(ワ)第一八三一号事件につき、原告伊藤忠鉄鋼販売の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑末記)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例